2006-08-01から1ヶ月間の記事一覧
敗戦を挟んで大衆論を論じてきた戦後民主主義の代表的論客、丸山真男の次世代として橋川文三が現れた。彼がとある一学生に大衆論への傾斜するにあたって奨めた研究対象は、柳田國男であった。その学生こそ、本書の著者後藤総一郎である。 後藤は、柳田國男の…
以文社の若き好敵手、月曜社が放ったこの書の上梓は、的確極まりないものだったように思う。厨先生は、ネグリ+ハート『帝国』に対して近経への沈潜が足りないという指摘を行っていた。が、本書に対してその指摘はない。「労働する」ことについて論じるにあ…
過日、アガンペンをなぜホッブスまで遡って語らないのか、という疑問を記した。 そういう疑問はここに源泉があったことが分かり、独り「あいたたた」。これを読んだ記憶が片隅に残っていたに違いない。う〜む。
先日わざわざこんな〝僻地〟に出張ってコメントいただいたYasuokaさんの日記で、紹介した本書の誤りを説いていた。専門の研究者が日本にいるなどとは思いもよらず、つくづく浅いよな俺、みたいな。 屋根裏からほこりを払い、本書を久しぶりに繙いてみた。 ほ…
あの〜わたくしは、Archaでなくて、polieco_arche、という綴りの知らぬ方の一介の浅学ですので。ぜひ。まちがっても混同のなきよう。
本書は、赤松啓介を支持した戦後世代研究者の主張を知る上で、な〜んてどころではない、もっともろもろ、いろんな問題が考古学の殻の内外にへばりついていることを教えてくれる。 んで、ここのゾーンに絡んでは、時局にあわせるというよりも、単なるロビー活…
先日、縄文土器編年研究=実証主義による時局から逃避、と短絡する見解は、いささか食傷気味なpoliであるが、もっと整理して、単なるクサではなく、「批判」をした人物がいた! 山内清男が縄文土器の編年網をまとめた昭和十年前後から、縄文時代の研究といえ…
こわれてます。っていうか、三角眼鏡の自称セレブなババアの口調にどはまり。ウドちゃんを真似る関根勤のようで、ちと異様だ。おかげでqwertyが何か、初見のやつには、全く伝われねぇ、「自分で調べろ」ってか?キビシィねえ。poliめは、これを思いだしまし…
鈴木 公雄1969「土器型式における時間の問題」『上代文化』第38号 ふぅ〜、こっちもなんだか折々でこのテクストを挙げ、鈴木の名を挙げているように思う。しかしこれを最も語るべき立場として、JITな人物が、迂回ばかりをして、poliは個人的にかなりイライラ…