arche

今更ながら、、、

引用したとき、なんとなく語用に違和感を感じていたのだが、遺跡考古学。文脈からすると、森本は意図的に記している。対置するのは、青銅器など遺物単体と向き合うのを主体とする考古学的思潮。とある本的にみれば、森本は、その背後に梅原末治を見据えてい…

どっかで目にするような下りが、、、、

遺跡考古学者の仕事は、遥かに軍隊の仕事よりも容易である。戦に於ては、敵は縷々「カモフラージ」によつて其の正体を紛はすに反して、考古学者の場合に於ける遺跡は、全く正直で「カモフラージ」の為悩される事がない。よしや何等かの事情によつて曖昧であ…

境目の地、三浦半島。

それからもう一つ。里見vs北条という視点からすれば、三浦半島というものは、当時境目たる場であったことを表している。まあ、源平期も同様な状況にあり、その当時は千葉vs三浦。和田義盛の父である杉本義宗は、嫡子候補となるべき長子でありながら、千葉氏…

宮下秀樹2013『センゴク一統記』6 講談社

センゴク一統記にて、山崎の戦いの前哨戦としての禁令の"発布合戦"が活写されていた。この延長線上で最宝寺中世文書をみれば、秀吉と、北条を他者の岬から臨むどさくさ紛れな里見の、2種の禁令が並ぶというのが、啓発的であろう。惣無事令と相俟ってこれは…

横須賀の文化財展―ツナグ・ツタワル・オクル―

3/1(日)まで。先日、定期検査の合間に、拝見。。富岡製糸場のレンガと、衣笠城址本丸に位置する大善寺の毘沙門天立像、そして久里浜中学校内調査の舟型石列内の人骨が"三枚看板"であろう。が。poliがおおお!と目を引いたのは、古文書のほうである。最宝寺中…

鳥瞰する考古学。。。

テクテクと歩いてみるだけでも、開かれていくことが多々あるが、鳥瞰するともなれば、なおのこと。ましてや森本の時世には考えられなかった蜘蛛のような例のヤツなんて、活躍しそうな、、、 航空写真というものは何も、発掘、出来上がりです!、、なためだけ…

森本六爾1931「飛行機と考古学」『考古学』2巻2号 東京考古学会

先頃、不当な破壊が行われた、天白元屋敷遺跡の再検討がfischeさんのページにて、展開中であるが、この記事を拝読させて頂いていて想起したのが、タイトルの論文。ちゃんと読み返さないとなあ、と。

あるときは国学にとっての、、、あるときは文献史学にとっての、、、

大森貝塚・西ヶ原貝塚などの調査や、岩宿の石器の出現は、テクストの学問サマの予定調和をワヤにしてきた点で、ある方面の方々にとっての、その、立派にもはた迷惑なトリックスターっぷりは、山川出版社を始めとした日本史教科書で近年まで明々白々だった気…

櫻井準也2014『考古学とポピュラー・カルチャー』同成社

いつまでたっても、かようなステロタイプに納めておきたい、と世間様が仰るなら、考古学者は、特に土に塗れる3Kな日本考古学者は、より立派に現代社会の”孤立者”だ!ということで。いいや、 トリックスター?(おい)(いいや、poliは本気で言ってます。と…

それから、も一つ。

、望みを託すのが、批判的精神をもった”孤立者”だというのなら、考古学者さんはみんなその資格ありますよね。

これって何スか???

教育・研究分野での格差問題も先鋭化する一方である現在 これも第2考古学の批判的精神が担ってる課題なんですか? ? ? ? というか、その 格差って何を指していってるのですか? 、、一応、批判ではなくてホントにどれのことが訳がわからない!!

マッチ・ポンプって、、、

、、わけではないですよね?前にもそんな誤解を説いておられたような、、、まあ、熱烈な読者がそんな誤読をしているのを耳にして、真に受けてる、という気もしないでもない。それよりコワいのは。

陸平をヨイショする会2004『ようこそ陸平へ』

この会も、草刈りに集い行うことからはじまった。それに接すると、選好がガチッと想定されたソフトを初手から提供するのがはたして望ましいのかどうか、という戸惑いがモヤッと残る。ライブラリを提供しDIYだぁぁ!異界では、、くらんべりぃだか、ぶるぅ…

森本和男2001『遺跡と発掘の社会史』彩流社

ここでは施策側の着地点までが語られていたおゆみ野ふれあい公園であるが、実際ここを訪れると、おゆみ野の森を育てる会の活動によって、清掃されたり植樹されたり畑が作られたりする森の中に上赤塚貝塚や古墳群が守られていることがわかる。

それをいうなら、レントシーキングの、、とかレモン市場の、、とか(おい)

遺跡発掘という事象をも消費の対象としてきた一つの結末。シ◯Mも消費財と化すのか???〜poliのつぶやき 消費一般に非ず国独資下の消費だろお?ティヴァなんとかトキオなんとかは生産点か消費点か?〜orenestさんの、上へのレス 国独資??ん!見覚えが。そ…

重ねた箱の上でみせる。

おお、この見せ方をここでみることができるとは、、、しかし。見る側が追いつけていないような。。あ〜あ、覗きこんじゃったよ。見入るのは毒だね、、、、いや毒気が抜けてしまってイカンて、、、アラを探したってそんな隙はないって、、、小林賢太郎と竹井…

ロラン・バルト1996『表徴の帝国』ちくま学芸文庫

カオのなかにカオ、、、、

電気ホテルのノートをしげしげと、、、

ん!これか????

「星を売る店」2014.01.25 - 03.30 於:せたぶん

入院中、スマホでせたぶんHPの年間カレンダーを何気なく物色 、 、 、 1月!クラフト・エヴィング!!おおおお、、 テンション上がり、待ちに待った1年あまり。。。 キタゼ!!

ちなみに。。。

ここのショップには、月光荘!のブツが並んでいるというoh!な情報も付け加えときます、、、、

コレクション展「旅についての断章」(1階の展示。こちらは4/6まで)

これも是非是非だ!っっ(2階と合わせて観るのがベスト、いやマスト、、) 特にMOLESKINEな人々、トラベラーズノートな人々には、なかなかやも。

ま。それは確かに、

あの円形に住まう、とかいう、◯モンもでるムラ!みんなで聴こうラジオ村@伊集院光みたいでほんとチャラい。。。じみたベタな発想で一気に劣化するああした筋道は考えものではある。

初音村ではなくて、初声村では?

ま、これは伊皿木さんの誤植ではないとは思いますが。(三戸遺跡の調査。ということになりますか、、、)皇国史観の関わりってそんな明確なものなのか。砂川のそれと同じ信念!こう表すと残念!みたいな。。。のようなものへの遠近という、そもそも曖昧なもので…

今野真二2013『『言海』と明治の日本語』港の人

「明治期の日本語に関しての知見を得る」といった時の、その明治期の日本語という枠組みの中で『言海』は編纂されているのであって、『言海』が明治期の日本語から遊離して存在しているわけではない。したがって、考察が「循環」しないように充分な注意を払…

濱田青陵1922「第五編 後論 第一章 考古学的出版 八三 出版の義務」『通論考古学』(2004.雄山閣)

いずれも戦前のメッセージである。彼らは、日本考古学の学問としての草創期を経、半ばに至ったところをいた。ちなみに藤森の言にあるH博士は濱田のことである。いわば濱田の作ったこの学問を受けその限界を衝いている、といえる。 両者からは、学問が拙いな…

藤森栄一1938「掘るだけなら掘らんでもいい話」『考古学・考古学者』(1974.学生社)

豚、はなちますか?

と、言っても、意図が分からないかもしれないですね。それにしても、風土記の丘。歴史の里。◯◯歴史公園。なんなんですかね。自分で自分を褒めてあげたいヒトの記念物か何かですかね、これは。

2013/10/26 戦後の日本とフランスにおける埋蔵文化財保護行政『連続講演会<日仏における考古学と埋蔵文化財>』於:日仏会館(恵比寿)

梅原末治や金関恕の丸パクリか!!とか言わないように。モノとヒトの関係の結び方。これが、この陳腐に響く染み付いた生活観のようなものが、日本考古学の関心の中心にあって、また先の単系の進展観の誘惑に動揺することなく分析するための基底たるものとし…

しかし。

これは2つの別箇の流れを一緒くたにしているという視点もまたある。先の複数性であらわれる群集墳のあり方は、高塚古墳の単独性、あるいは惑星+衛星様のユニット構成の推移からみれば、葬制の世俗化が進んだもの、と見、翻って寺院の建造ひいては大仏の建…

考古学を例に。。。

これは周知のことであろうが、横穴古墳、積石塚なるものの特徴として、単独で在ることは皆無ということがある。いっぽう、これに前駆する段階の高塚古墳と称されるものは、単独、または陪塚という、対象よりも小型の複数の墳墓が付属するに留まる。 この背景…