あ。そうそう。レッシグ本人は、

 二つのアーキテクチャのうち、どちらを選んでいるか。


 ゾーニング方式には法律が必要で、フィルタリング方式が個人の選択しか必要としない場合でも、わたしはゾーニング方式を指示するだろう。もし国が法とアーキテクチャのミックスを変えようと動いているなら。ある場面では法で押して、ある場面では規範で押していても、私は気にしない。
(『CODE』p.328 ll.1-3)
 そして、我々は、法やアーキテクチャに保護して欲しいのは、どの価値観なのかを考えるべきだ、法と個人行動との違いにこだわることよりこのことが肝要だ、と表明している。但し、これはサイバー法の文脈での記述であることも考慮すべし。
 でも価値観を配慮することは、上の所与にあっても肝要であることに代わりはないだろう。