どっかで目にするような下りが、、、、


 遺跡考古学者の仕事は、遥かに軍隊の仕事よりも容易である。戦に於ては、敵は縷々「カモフラージ」によつて其の正体を紛はすに反して、考古学者の場合に於ける遺跡は、全く正直で「カモフラージ」の為悩される事がない。よしや何等かの事情によつて曖昧であり、何等かの組合せによつて紛乱していても、其の処理の正しさを得れば、目的はたやすく達成し得られる。且つ「闘争」の為ではなく「ヒユマニテイ」の為にする事によつて、軍人よりも考古学者は遥かに幸福である。
〜「空からの考古学」より。前掲書 pp.6 ll.10-15
 fischeさんのコメントと相俟って、、当時の背景を意識した森本の付言をみる。、、う〜む、原子力の平和利用云々の既視感がそこはかとなく(おい)【参考1】【参考2】
 もちろん、有効性の評価を曇らせるかといえば、それとは別箇ではあるのだが、、、、、C14だのフィッショントラック法だのというものが今や傍らにある点では、この戸惑いは既に胚胎し進行形なもの、と言わざるをえない、、、、嗚呼。