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"12年前"発生直後、読み返したのは、、、

近代経済学研究会1959『世界十五大経済学』富士書房 現在社会や倫理という高校の授業において、帰納法 - 演繹法というと、ベーコンとデカルトの対置で語る、というのは我々の世代までは相場であった。(最近はどうだか知らないので、、)が。 これに本腰をい…

そういえば、10年ほど前。。

、、、なんで見抜けなかったのか、、、 〜36人界隈のアレ というのもあった。こういうことをシンポジウムで論議した、というのを耳にした時、実は、上の福田や、吉本・花田(漫才かよっ!)をpoliは思い出したのであった。 思えば、大学2年頃、あの吉本隆明…

福田、林の上のそれは、

本来政治へ向けられたものである。しかし。民科の糸冬も、内部における左傾の激化による自壊といわれていることからみても、純然たる研究者のセカイだの、社会とそれ以外だの、国民のニーズの内外だの関係なく、こういう陥穽に陥ることが過去にはなかったわ…

川久保剛2012『福田恆存』(ミネルヴァ日本評伝選)ミネルヴァ書房

共産党シンパだった知識人たちがレッドパージ後、手のひらを変えて"騙された!"と被害者面するその態度を、言論活動を戦前から牽引してきた福田も林達夫も冷ややかにみる。やや丁寧な福田の所感に対し、林のそれはより率直である。 (「新しき幕明き」『群像…

未来があるか?だと。そんな台詞は、

もう、聞き飽きた。担い手は滅びたい、滅ぼしたいのならカッテに滅びればいいが、望むと望まざるとにかかわらず、学問そのものとその研究対象は、そこに残り続けざるを得ない。"一件"から10年以上経過した現在でも。それでもってこれからも。そんな問うマネ…

縄文時代でも

いや、むしろ二次的な廃棄の検討は、こちらの方は"本家"(なんだそりゃ)でして。直近では、 美浦村文化財センター企画展 谷底に残された縄文土器 陣屋敷低湿地遺跡の報告書上梓に伴い、その所見を受けた分析の航跡が展示に。(6/3まで) なんぞがあり、今後も現…

こういう問題意識

というのは、時代や地域を超えてあるもの、というがヒトが用をたす時点で既に出来するものでございますよ。BinfordがBordesに噛み付いていた当時もなかったわけでは???

吉川耕太郎2012『北の縄文鉱山・上岩川遺跡群』新泉社

下の書籍購入と、ラカン捕猟などで、お給料が汲々となり、手が出ず。立ち読み。(おい) △密にしてず○らな同期も、一体なんなんだか、、を日頃叱咤していた、あの慎重な吉川さんが結構大胆な展望を、、、、そういえば、この地域の土器型式というのは 、 、 …

成田滋彦2011「大湯環状列石の土偶・土製品」『竹石健二先生・澤田大多郎先生 古希記念論文集』

お師さんに挨拶しにいったところ。転がっていた分厚い本。おお!著名な遺跡で、その遺構ばかりもてはやされる某雑誌メ〜(仮名)とか、JOMON◎TOSHIとかJOMON☆彡KESHIKIとか、、なんdだヨこの大味!!記念物ってイ○オ□テなんとかかよ!要するに地縁的な帰属意識…

Schiffer, Michael Brian2011『STUDYING TECHNOLOGICAL CHANGE』The University Of Utah Press

歳をこす予定の発送が、晦日に到着。ペラペラ眺めている。 行動考古学の領袖で在り続けているマイケル・ブライアン・シファー。最前、"考古学"と発語したものの、このテキスト、語る対象からの"土"の匂いがなんか乏しくはないだろうか。目下戸惑っているとこ…

岡本勇・桑原徹1977「8.つくりかえられた日本の自然」『日本の自然』平凡社

考古学におけるヒトと自然というと、poliは岡本勇を引いてきた。ヒトからみた自然という"圧倒的な他者"。

岡本勇1975「原始社会の生産と呪術」『岩波講座日本歴史 1 原始および古代』岩波書店

ジェレミ・サブロフ1998『新しい考古学と古代マヤ文明』新評論

サブロフというと、『アメリカ考古学史』(学生社 1979)の著者であり、当時それを期待して購入(確か神田のゾッキ本だったかと)。10年は経過した積ん読。。。。 なぜいまになってこれか、といえば、枕下書の主人公であるウォルター・テイラーの事績を示し…

ちなみに

前項のfischeさんによって引かれた「風土記の丘に豚を放て!!」とは、 これのことである。 岡本俊朗1971「"風土記の丘"に豚を放て!!」(『見晴台のおっちゃん奮闘記』(同刊行会, 1985)所収)

その話は、

地権者が残す気がない!ということではなかったでしたっけ。自治体がどうとかこうとかというのが娑婆の事情の全てとするとは、随分と予定調和なことで。。

Macaほか2010"Prophet, Pariah, and Pioneer"The University Press Of Colorado

ウォルター・テイラーの評伝。アイスランドの噴火活動でamazonが大混乱し、そのドサクサで一方的に注文がキャンセルされるも、その1ヶ月後シレっと在庫ありになっていた代物。何んナン?。歴史学でもない人類学でもない考古学は考古学。テイラーは両者の振…

なんで考古学しているかというよりも、、

なんで考古学に惹かれるのか、というほうが直截な問いだろう、というのが、伊皿木さんのコメントからも伝わってくる。poliにとってその問いに対するどうでもいいクソ回答があるとすれば、遺跡から突如表れるまんま露出した現象面が、自分の認識という名の"も…

う〜む

自己実現とそれ以外の事柄は、全く別物のような。その前に触れたMal'd archive なんて自己実現のセカイの思索でしょうから、前者まで否定しちまったら、それを読むのは、それこそ毒ってことになっちまいやせんかな。と。例えば、世間にアピールしたいなんて…

考古方面に戻ると、、

この遺跡の今日までの調査成果にとっての焦点として、今回は史跡公園の主体となっている集落だけでなくその担い手達のアウトプットである貝塚の発見と調査についても範囲が及んでいる。ここまで取り上げられたのは初めてであろう。獣骨の依存状態のよい貝層…

日誌のなかには、、、

この遺跡の発掘調査が始まったのは、昭和36(1961)年のこと。ちなみに「もはや戦後ではない」と経済白書に中野好夫の言が引用されたのは、昭和32(1957)年のことである。 で。 団長和島誠一の日誌には、ベルコンの電線盗難の記述が。みんながみんな足並み揃え…

横浜市歴史博物館企画展『大昔のムラを掘る―三殿台遺跡50年―』

5月29日(日)まで。 行ってまいりました。この三殿台遺跡というのは、神奈川県域の小学生は代々社会見学で訪れたことがあるであろう定番の場所。だったことがある。(最近はそれぞれ違うやも) この遺跡は市民発掘が行われたところで、記録映画が残され…

竹岡俊樹2011『旧石器時代人の歴史』講談社メチエ

このひとも10年以上変わっていない視座を有するが、上のそれとは違い、地に足が付いていて、手続きの明解さにぐぃっと勝る。実り多いのはこっち。

10年ほど前と大して変わっていない思考

日本考古学は、田村がいうほどに型式学に固執している立場なんぞ、探すほうが難しい。でなければ下記の著者がメインストリームに既にいるはずではないだろうか。ある一時期にシンポジウムであんなイキイキしなかっただろうし。田村隆は、そうやって考古学界…

考古系の体験施設で

個人的に好きなのは、、山田上ノ台遺跡のそれである。あのハンドメイドな感じも、屋根も、展示も、紀要の内容も。やりすぎで蛇足な他のそれとは一線を画する、というのはpoliのきのせいか。

ホクホク顔でレジへ向かう

が、、、 、 、ん?まてよ、やっぱりあの人物は!! あの大人げあるデキた同期だったぁぁぁぁ。 体験施設の設計計画案について、計画委員会のメンバーたちの意見のとりまとめを自ら出張ってせざるをえないこのクソ忙しいっっ、そんな某市職員の年度末の帰り…

そんなことよりも。。

これでようやく、仙台湾の貝塚群界隈を再び賑やかにして下さるのだろうか。楽しみだぁ。いいや、もうそれは始まっているようだけども。。

岡村道雄2010『旧石器遺跡捏造事件』山川出版社

ある老兎が、それまで性急に陥ることなく亀のように手堅く歩む者を尻目に惰眠をこき続けてきたくせに、「火中の栗を拾う」と気の利いた詞を言った態を気取り十年前の混乱に乗じて突如闖入した。しかし。2,3年かそこいらで、その場を脱兎の如く遁走した。…

言い過ぎたので。ちゃんと、真面目に(本当か?)

市川での保管とか寄贈とか方途をあれこれ腐心してきたのも、結局財政難ということでしょうに。かっこ悪いとかいうもんでもなく、財政難だとはっきり報じるべきではなかったか。 日○協のチキチキ、献本してもろうたけど、実ぁ処分したかったのよね第一志望遊…

でもしかし。

今回のように市川なんて聞いてね〜わとかいうそもそもが見せ方以前であり、これはもはや実も蓋もない現状なんぞ、まったくお手上げ問題外であろう。 これでは先に内定していた、「ちょんまげ展」もとい「ハラキリ展」もとい「ゲイシャ展」もとい「SU-SHI展」…

そもそも。

後者の調査地被害という問題の根底には、アクセスしたい=研究者との距離が"離れて"しまっている、という布置関係にある。 考古学者に限っては そこに、その"場"に、足を運ばなくてど〜するよ!! と言っちまえばよい。(おお。言っちまえばエエのよ!!)ま…